私はその姿をしっかりと見たことがありませんでした
覚えているのは
たまの休日に横たわる二日酔いの姿か
家族の遠くで汗をかいている姿
気がつけば
自分よりも小さく自分よりも衰えているその姿
いつのまにか
同じ上着を貸し借りするようにもなりました
ともに過ごした最後の5年 その最後のひと月
私は幸運にも見ることが出来たのです
父の背中。
今なら尊敬する人の名に父を書くことができます。
本日 父が半世紀にわたる仕事を終えました。
サラリーマンであり営業であった父
幼いころ、休日以外はほぼ出張で、その姿を見ることはありませんでした。
幸運にも同じ職場に居合わせた私は「最後の挨拶」に付き添い
父の背中を見送る多くの「お客様」の姿を見ることが出来ました。
それは家族のだれも そして社員のだれも
見ることが出来なかった 「人間の真価」
父を褒めてくれるのは誰でもない お客様だったのです。
父を 息子として最も誇りに思ったのは 引退していく姿でした。
親父、お疲れさんでした。
今夜は街のどこかのスナックで独り、打ち上げしています。