新聞が伝えるもの

2012/03/11

ブログ

あの地震から1年。
今日はその話題で1日中。

私も被害の小さな地域とはいえ、体験した人間の一人ですから
色々と考えることはありますが…

今日は私の話よりも、現地の方に聞いたお話を。


地震の直後、小さな我が子を連れて自宅へ。
幸い自宅の被害は大きくない。
6年前の宮城県沖地震のあと、家具の転倒防止などの対策をしていて良かった。

子どもを一旦家に一人で。妻がまだ孤立しているのだ…。
大渋滞を避けるために自転車で妻が居るはずの市街地へ。

・・・でなんだかんだあって、家族全員無事に帰宅。

続く余震。
電気もガスも水道も、そしてケータイも、全てのライフラインが閉ざされたまま
家族でふとんにくるまり寒さをしのぐが、余震と緊張でとても眠れるものではない。
自分の住んでいる地域どころか、日本がどうなっているのかも分からない。
 地震なのか?戦争??日本沈没??
とにかく状況が全く分からない。
考えれば考えるほど不安な気持ちに押しつぶされそうになる。

そして朝。
家の外で物音がした。そしてコト~ンという音。

それは、救い。
誰かが助けに来たのではなく、「まだ大丈夫だ!」と心に力がみなぎるきっかけ。

震災翌朝、朝刊が届いたのです。
あのとき、新聞だと分かった瞬間、心から「助かった!」と思いました。


確か、こんな内容だったと思います。
知人の安全が分かった安堵と、その出来事へのあまりの驚きとで興奮して
記憶もあやふやになっているかもしれませんが…。

これも新聞のもつチカラ、なのかもしれません。

河北新報, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake / jetalone