あの地震から12年。私も関東で、被害の大きくない地域だったとはいえ、体験した人間の一人ですが…毎年、ご紹介させていただいているお話です。
現地の方に聞いたお話を今年もご紹介。
地震の直後、小さな我が子を連れて自宅へ。幸い自宅の被害は大きくなかった。以前の大きな地震のあと、家具の転倒防止などの対策をしていて良かった。
子どもを一旦家におき、一人で街へ。妻がまだどこかで孤立しているのだ。
・・・でなんだかんだあって、家族全員無事に帰宅。
続く余震。
電気もガスも水道も、そしてケータイも、全てのライフラインが閉ざされたまま。家族でふとんにくるまり寒さをしのぐが、余震と緊張でとても眠れるものではない。自分の住んでいる地域どころか、日本がどうなっているのかも分からない。
地震なのか?戦争??日本沈没??
とにかく状況が全く分からない。
考えれば考えるほど不安な気持ちに押しつぶされそうになる。
そして朝。
家の外で物音がした。そしてコト~ンという音。
それは、救い。
誰かが助けに来たのではなく、「まだ大丈夫だ!」と心に力がみなぎるきっかけ。
震災翌朝、朝刊が届いたのです。
あのとき、新聞だと分かった瞬間、心から「助かった!」と思いました。
確か、こんな内容だったと思います。知人の安全が分かった安堵と、その出来事へのあまりの驚きとで興奮して記憶もあやふやになっているかもしれませんが…。
これも新聞のもつチカラ、なのかもしれません。
河北新報, 陸前高田市広田町でボランティア (「手を貸すぜ 東北」レーベン隊) Volunteer for Recovery Supprt at Rikuzentakata, Iwate pref. Deeply Affected Area by the Tsunami of Japan Earthquake / jetalone